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リチャードジノリ(Richard Ginori)の買取実績

 
【強化買取】リチャードジノリ(Richard Ginori)…

※買取商品の状態によって価格は変わりますので詳しくはお問い合わせください。

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遺品整理の買い取りはお任せ下さい

ご家族が亡くなり、いざ遺品整理をしようとしても、価値が判らない、物が多すぎてどこから手をつけて良いのか判らないなど、頭を悩ますことが多いですよね。
生前大事にされていた形見の品など、無暗に手を付けるのは故人に対し申し訳ないと、処分するにもなかなか手が進まない場合もあるでしょう。

浪漫ドロップではそんな悩みの多い遺品整理を、遺品整理士の資格を持った担当者がご遺品の買取をさせて頂いています。
故人が大切にしていたコレクションや、お家の家財道具一式は勿論のこと、引き継いだ物の量が多すぎて置き場所に困っているご遺品の数々を、適切に選別させて頂き高価買取いたします。
遺品整理にて売りたい骨董品や美術品、故人が大切にしていたお品物がありましたら、浪漫ドロップへお任せください。

家屋・蔵の解体時の買取はお任せください

ご空き家やリフォーム・建て替えで古くなったお家や蔵の解体をする際、処分に困るのが解体業界で「残地物」と呼ばれる廃棄物です。
解体業者さんに処分を依頼すると追加料金がかかるので、解体費用より処理費用の方にお金がかかってしまったり、本来は売れる物でも処分費用がかかってしまったり、お客様が損してしまうケースが多いです。

そんな悩みの種の「残地物」を浪漫ドロップでは丁寧に選別・査定させて頂き価値を見出し高価買取しております。
旧家・古民家、蔵の残地物でお困りの方は、お気軽にお問い合わせ下さい。
美術品や骨董品の買取は勿論のこと、格子戸や帯戸、藏戸などの建具類まで、家屋や蔵の中のお品物を無料査定・出張買取致します。
家屋や蔵を解体するご予定がありましたら、何も処分しない状態で取り壊す前にぜひ、浪漫ドロップへご連絡下さいませ。

洋食器を知る~リチャード・ジノリ(Richard Ginori)~


イタリア最古・最大の名窯

リチャード・ジノリ(Richard Ginori)は、イタリアのフィレンツェ近郊・ドッチア発祥の磁器及びそのメーカーで、18世紀前期から現在まで存続しています。バロック調意匠の「ヴェッキオホワイト」や、優しい色絵の「イタリアンフルーツ」等の白磁のほか、多種多彩な独自製品を擁する、同国最古・最大の名窯として世界に知られています。
16世紀頃からヨーロッパにもたらされた中国や日本独自の鮮やかな硬質磁器は西洋諸国に衝撃を与え、王侯貴族達が競って収集を始めました。
やがて、その模造が各国で試みられ、1709年に現ドイツのマイセン窯が成功し、以降フランスのセーヴル等の欧州各地に広まります。高度な科学・芸術技能を要する製磁は、国家の威信・利益にかかわることとなり、イタリアでも1720年に磁器工場がヴェネツィアに設立されますが間もなく廃業。やがて磁器愛好家で化学知識豊富なトスカーナ大公国のカルロ・ジノリ侯爵が自領ドッチアに開窯し、ジノリを創業します。
その後、代々のジノリ侯により発展し、19世紀末の買収でリチャードジノリ社となり、流行に則した名器等で世界にその名を広めました。20世紀後半には合併により同国最大メーカーとなり、以降も伝統と革新を旨とした物づくりに挑戦し続けています。

リチャードジノリの歴史
ドッチア窯第1期

イタリア初の製磁工場ヴェッツイ窯が閉鎖された後の1735年。磁器生産の必要性を感じ、自らその研究を行なっていたジノリ侯爵が製磁に成功しドッチア窯を開きます。当初は自家用の一点製作の胸像や器を作っていましたが、設立10年後頃から貴族たちの要望に応じて販売用の食器類も手がけるようになります。若きジノリ侯は彫刻家や絵付師をウィーンから招き、技術者を中国に派遣するなどして作品の向上に努め、「ヴェッキオホワイト(古白磁)」を始め、「レッドコック(赤い雄鶏)」や「グランデューカ(大公妃)」等の多彩な作品が生みだしました。また、1744年には工場近くに、今日の「リチャードジノリドッチア美術館」の前身となる自作と収集品の展示場も設立します。

ドッチア窯第2期

1757年にカルロ・ジノリ侯が急逝すると、長男のロレンツォ・ジノリ侯が跡を継ぎました。ロレンツォはバロック式からロココ式への流行変化に対応すべく、コーヒーセットやディナーセットの生産に着手。また、工場を新設し、磁土の改良を行ない「トスカーナの白い肌」と称賛される白磁を生み、窯を躍進させました。1760年頃には「イタリアンフルーツ」が創出され、「アンティックローズ」や「フィギュリン(磁器人形)」も生まれたほか、1774年には100人以上の職人を擁します。

ドッチア窯第3期

1792年から跡を継いだカルロ・レオポルド・ジノリ侯は、欧州各地の窯を視察し、技術改良に取り組みました。新古典主義到来の時代、ルネサンス絵画の油彩画を磁器上に再現させ、直線的な器形の「インペロシェイプ」を創出させます。1821年にはナポリのカポディモンテ窯の意匠や道具を買収し、自工場と製品に取り込みました。

ドッチア窯第4期

1838年に跡を継いだロレンツォ2世も化学の研鑽を積み、経営の国際化を進めて1855年のパリ万博で1等を得るなどして、窯の名声を高めます。また、世界的好況の波を掴み、技術改良や設備近代化を進めて、従業員520名を超す成長を遂げます。

ドッチア窯第5期

1879年からロレンツォ2世の跡を継いだカルロ・ベネデット侯も設備を増強しイタリア各地に店舗を構えて発展させます。「パテ・シュール・パテ」装飾技法によるデザートセットが好評を得えますが、1891年に彼が没すると過剰投資と不況による反動を受け経営危機を迎えます。実業家ジュリオ・リチャードに工場を譲渡することとなり、リチャードジノリ陶器会社として再出発することとなりました。

リチャードジノリ設立以降

その後は、19世紀末のアールヌーボー(リバティスタイル)や20世紀前期のアールデコ様式を採り入れた作品づくりを展開します。特に芸術家ジオ・ポンティとの共同製作による洗練された意匠は博覧会等で好評を博し、リチャードジノリのブランドイメージを向上させました。
1965年にはラヴェーノのイタリア陶器会社と合併により同国最大の陶磁器企業に。1980年には軽快かつ現代的な「エコー」シリーズを発表するなど、古式に留まらない斬新な創作を続けています。なお、2013年からはフランスのグッチグループの傘下となりました。

リチャードジノリの技法

リチャードジノリの技法には五彩(色絵、上絵)・青花(せいか。染付)・金彩・釉下彩(ゆうかさい。下色絵)・浮彫・透彫等の東洋磁器由来の様々があり、その直系はマイセンやオーストリアのデュ・パキエ窯でした。のちには19世紀中期にセーヴルで開発されたカメオ調の塗土装飾技法「パテ・シュール・パテ」等も導入されます。
ジノリに限らず、イタリア磁器最大の技術的特徴は、金彩と薄紫色のラスター彩(金属光沢表現)の質の高さが挙げられますが、それはマヨリカ陶器(錫釉陶器)やメディチ家磁器(軟質磁器)等の下地があるなど、元来陶芸先進地であった事情にもよります。

器種・様式・意匠・代表作

リチャードジノリには茶器・酒器・食器・壺・花瓶等のほか、人形・彫像・プレート・ランプ・燭台・イースターエッグ等の様々な器種があります。その様式・意匠は非常に多く、神話彫像の複製白磁、東洋陶磁文様・アラベスク・レース柄・幾何学模様等の青花や、金彩五彩による日本の蒔絵的意匠、誇張的意匠のバロック式、穏やかな五彩草花紋や風景画が入るロココ式、ルネサンス絵画等を五彩で表した新古典主義式、幻想的作風やジャポニズムを採り入れたアールヌーボー式、シンプルかつ洗練された美しさをもつアールデコ式等があります。代表作はバロック式器形に浮彫模様が入る白磁「ヴェッキオホワイト」や、それに伊万里焼風の赤絵が加わる「レッドコック」に、金彩縁に五彩の優しい草花・果実画が散りばめられた「ヴァルドルチャ」、また、柔らかな曲線を持つアンティコシェイプ白磁に五彩の薔薇が散りばめられた「アンティックローズ」や、その絵が女王マリアテレジア用の大柄で鮮やかな草花柄となった「グランデューカ」に、優しい草花・果実画が散りばめられた「イタリアンフルーツ」等があります。近年では、アールデコ的鎖・雷の連続紋が入った白磁「カテーネ」「ラビリント」や、エアブラシによる淡く鮮やかな単色を施した「コンテッサ」、ギリシャローマ風の連続椰子紋が入る「パルメッテ」等があります。

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